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2025年8月21日特集

畑のロスが価値に変わる。Purelutionが示す、誰も、何も捨てられない食の未来

「もったいない」を「ありがとう」に変えるテクノロジー。規格外イチゴから始まる、食の価値創造革命

Urelio Editorial Team

畑のロスが価値に変わる。Purelutionが示す、誰も、何も捨てられない食の未来

万博会場で試飲された"ふぞろいちごちゃん"のピューレ

2025年6月8日から15日まで、EXPO 2025大阪・関西万博のEXPOメッセ「WASSE」イベントホール南側で開催された「RELAY THE FOOD ~未来につなぐ食と風土~」。8日間の展示期間中、特に6月10日から12日の3日間は、来場者が実際に味わうことができる特別な試飲イベントが実施された。

その主役は、"ふぞろいちごちゃん"と名付けられた規格外イチゴのエシカルピューレ。一口飲むと、濃厚なイチゴの風味が口いっぱいに広がる。しかし、このピューレは単なる美味しい飲み物ではない。その背景には、日本の農業が抱える深刻な課題と、それを解決する革新的な技術の物語がある。

畑のロスを価値に変える「ピュレリューション」プロジェクト

万博で展示されたこのエシカルピューレは、ノリタケ株式会社と株式会社Kukulcanが共同で進める「ピュレリューション」プロジェクトの成果物だ。

このプロジェクトは、生産者から食品事業者まで、食の循環全体を変革する取り組みだ。具体的には、収量・品質の見通しと加工技術の組み合わせによって、従来廃棄するしかなかった規格外農産物を収益源に変える仕組みを構築している。プロジェクトのミッションは「AI&プラントのダブルテクノロジーで畑の育みを新たな命に変えて市場に届け、価値あるサイクルを創る」ことだ。

万博のエシカルピューレに使用されたのは、佐賀県で栽培されている「いちごさん」。農家は毎朝、土に触れ、風を読みながら、みずみずしく美味しいイチゴを育てている。台風や天候不順による困難を乗り越え、試行錯誤を重ねながら安心安全な「いちごさん」を届けるよう取り組んでいる。華やかで優しい甘さが特徴のこの品種は、農家の自信作だ。

ところが、甘く香り高いイチゴがたくさん実る一方で、形がわずかにいびつなイチゴたちは市場に出されることなく、土に戻されてしまう。味や栄養価は正規品と変わらないにも関わらず、見た目だけで価値を認められない。農家は「育てたのに、届けられない」というもどかしさを抱えている。廃棄される量も正確には把握できない。収穫作業に追われ、廃棄の記録まで手が回らないのが現実だ。

ピュレリューションは、AIによる生産の見通し技術とピューレ加工技術を組み合わせることで、これらの規格外イチゴをエシカルピューレとして新たな価値を持つ商品に生まれ変わらせている。

日本の農業が抱える深刻な課題と「We discard nothing」の理念

万博で試飲された甘いピューレの背景には、日本の農業界が直面する厳しい現実がある。

日本では年間200万トンの野菜が畑で捨てられている。これは食品ロス総計700万トンの一部であり、国民一人当たり年間52kgの食料を無駄にしている計算になる。さらに、この見えない廃棄には隠されたコストも存在する。処理費用として一人当たり年間17,000円の負担があり、同時にCO2排出量200万トンという環境負荷も生み出している。

この問題は、見た目やサイズが理由で市場に出せない農作物によるものだ。多くの消費者には馴染みがないが、農業現場では深刻な課題となっている。畑でのフードロスには4つの根深い課題がある。まず、規格外野菜の宿命として、見た目によって商品価値が判断される現実。次に、経済性による判断で、輸送費や選別費を考慮するとコストが高くなりすぎ、出荷を断念せざるを得ない状況。さらに、気候変動による天候の予測困難性が計画立案を難しくしている。そして最後に、収穫期の深刻な人手不足が、せっかく育った農産物の回収を困難にしている。

Kukulcanが掲げる「何も捨てられず、誰も見捨てられることのない世界をテクノロジーの力で実現する」という信念は、まさにこうした現状に立ち向かうものだ。同社が提唱する「We discard nothing」という言葉は、すべてのものに価値を創造し、廃棄という概念のない循環型社会の実現を意味している。ノリタケとの協働によるピュレリューションプロジェクトは、この理念を具現化する取り組みの一つとなっている。

技術のコラボレーションが生んだエシカルピューレ

このエシカルピューレを実現しているのは、Kukulcanの持つ技術と、ノリタケの持つ技術のコラボレーションだ。

Kukulcanが開発したのは、写真撮影という簡単な作業で農産物の収量と品質を天気予報のように知ることができるAI技術だ。AIが搭載されたカメラで写真を撮るだけで農産物の状態を認識し、管理の手間を大幅に軽減する。現場での作業負担を最小限に抑えたシンプルなシステムとなっている。

このシステムにより、農家からの連絡で余剰イチゴの発生を事前に把握し、適切なタイミングで回収を行うことができる。これは「余ったから処理する」のではなく、「余る前に活用する」という発想の転換を実現している。佐賀県内の一地区だけでも、年間約1トンの規格外イチゴが回収されている。廃棄に悩まされていた農家にとって、新たな収入源の確保につながっている。

一方、ノリタケが誇るのは「ノリタケクッカー」と呼ばれる高性能な加工装置だ。この装置の技術には特筆すべき特徴がある。通常ピューレの賞味期限は2〜3日程度だが、独自の高温殺菌技術により、常温で約1年間の保存を可能にしている。高度な短時間殺菌の技術で、風味豊かでピュアなピューレを生み出しながら、業界唯一の汎用性を実現している。

収穫された農産物は速やかに工場へ運ばれ、フレッシュさを保ったまま加工される。このロジスティクスも、新鮮でピュアなピューレを実現する重要な要素となっている。これまで規格外や余剰として廃棄されていた果実が、スイーツ、ソース、ドリンクなど、さまざまな形で活用可能となった。

これら2つの技術が組み合わさることで、価値ある循環システムが誕生した。AIで規格外農産物の発生に見通しをつけ、それを無駄なく加工技術で新しい価値に変える。両社の技術が融合することで初めて実現できた、廃棄ゼロから付加価値創造までの一貫した流れがピュレリューションの核心だ。

「育まれた果実の恵みを、一滴たりともこぼさない」「受け取った果実の恵みに、次の姿を」。Kukulcanとノリタケの技術と思いが組み合わさり、ピュレリューションプロジェクトの理念を体現している。

技術が描く循環型社会の未来

ピュレリューションプロジェクトで確立された技術は、イチゴにとどまらない応用可能性を持っている。野菜や果物全般への展開が可能で、各農産物の特性に合わせた最適化により、より広範囲な食品ロス削減が期待される。規格外で市場に出せない作物であっても、味や品質に問題はない。農家と連携しながら、これまで見過ごされてきた作物を次のステージへ向かわせることができる。

このプロジェクトが目指すのは、廃棄物を付加価値商品に転換する循環型システムの構築だ。農家は規格外農産物からも収入を得ることができ、加工業者は安定した原材料を確保でき、消費者は新しい価値を持つ製品を手にすることができる。すべての関係者がWin-Winになる設計が組み込まれている。

万博という世界の舞台では、このテクノロジーを通じて、市場に出せなかった野菜や果物のロスをゼロにする取り組みが紹介された。「栄養も味もそのまま、だけどよりエシカルなものを選ぶ」という消費者の意識変化を促す場としての役割を果たした。佐賀の畑から始まった取り組みが、世界に向けた発信の機会を得たのだ。

社会実装への道筋も具体的に描かれている。規格外農産物に新しい価値を提案し、持続可能な農業システムを実現する。同時に、食品ロス削減による環境負荷低減も達成される。技術と情熱が組み合わさることで、畑の食品ロスがゼロになる未来への道筋が見えてきている。

万博で展示された"ふぞろいちごちゃん"のエシカルピューレは、単なる美味しい飲み物以上の意味を持っている。それは技術の力で社会課題を解決し、これまで価値がないとされていたものから新しい価値を創造する可能性を示している。畑のロスから生まれた新しい価値は、これからの食の未来を変える力を秘めている。