富士山が育む、新たな抹茶の可能性。シングルオリジンのこだわりが拓く、価値創造と地域還元への挑戦
「ワインのように」楽しむ抹茶の新しい形。富士山の麓から始まった、味わい、アート、体験が生む好循環の物語
Urelio Editorial Team

富士山の麓に育つ、特別な抹茶
富士山を背景に広がる茶畑。この地で育つ抹茶には、他の産地にはない特別な個性がある。富士山の伏流水、水はけの良い火山灰土、昼夜の温度差、適度な湿度。この土地が持つ自然環境は、茶栽培にとって理想的な条件を備えている。観光地としてのイメージが強い富士山だが、実は農業資源としても極めて豊かな場所なのだ。
この環境で育てられる茶葉から、株式会社EN.とMsカンパニーが手がける「Mt. FUJI MATCHA」が生まれる。単一産地、単一品種にこだわったシングルオリジンの抹茶だ。つゆひかり、おくみどりなど、品種ごとに異なる個性を持つ抹茶を展開している。
世界遺産である富士山の麓から、新しい抹茶の可能性が広がり始めている。
品種が語る、富士山のテロワール
Mt. FUJI MATCHAの展開する品種は、それぞれが富士山という土地の個性を異なる角度から表現している。ワインがテロワール(土地の個性)を語るように、Mt. FUJI MATCHAの抹茶もまた、富士山という土地を表現している。品種ごとに異なる視点から、同じ土地の豊かさを伝えているのだ。
代表的な品種のひとつが、「つゆひかり」だ。つゆひかりは、天然玉露とも呼ばれる旨味豊かな「あさつゆ」と、桜葉のような香りが特徴の「静7132」を交配して生まれた品種。2001年に静岡県の奨励品種に指定された、比較的新しい茶葉である。この品種の最大の特徴は、抹茶の世界の常識を覆すことだ。一般的に「香りが強い茶葉は渋みも強い」とされるが、つゆひかりは桜葉を思わせる華やかな香りと、深い甘味・旨味を同時に持つ。
さらに、覆下栽培という手法で育てられることで、テアニンをはじめとするアミノ酸が豊富に含まれる。強い日差しを遮って茶葉を育てることで、旨味成分が増し、抹茶特有の「覆い香」が生まれる。淹れたときの水色も美しい。明るく鮮やかな緑色は、目にも鮮やかで、視覚でも楽しめる。
もうひとつの品種、「おくみどり」は、深いコクと豊かな香り、滑らかな口当たりが特徴だ。まろやかで濃厚な旨味と上品な甘み、渋みが少なく後味がすっきりとしている。
品種が違えば、味わいも香りも異なる。しかし、どの品種にも共通するのが、富士山麓の環境がもたらす特別さだ。富士山の伏流水、火山灰土の恵み、山の気候がつくる寒暖差。これらすべてが、それぞれの品種の個性をさらに際立たせる。このような個性を楽しむこともシングルオリジンならではの体験だが、実は抹茶の世界においてシングルオリジンであることは一般的ではない。そこには、Mt. FUJI MATCHAの哲学が深く関係している。

シングルオリジンという選択
伝統的な抹茶の世界では、ブレンドの技術が重要視されてきた。複数の産地や品種の茶葉を巧みに配合することで、茶葉の出来栄えに左右されることなく一貫した味わいを生み出す。これは、長年培われてきた職人技であり、日本の抹茶文化を支えている非常に大切な技術だ。
一方で、日本の茶産業には構造的な課題もある。茶葉の品質が価格に反映されづらく、生産者が正当に評価されにくいこと。日本の農業全般における問題でもある、後継者不足という深刻な状況。需要の減少による産業の衰退などだ。
Mt. FUJI MATCHAが選んだのは、シングルオリジンという道だ。単一産地の抹茶にこだわり、伝統的な抹茶とは異なる路線で新たな価値を探求する。これは、品質の評価を明確にし、成果を作り手に還元しやすい仕組みを作る挑戦だ。シングルオリジンであることにより、作り手の顔が見える透明性を生み、富士山麓という土地の個性、テロワールを明確に伝えられる。そして何より、品質への評価が生産者に直接還元される。
ワインやコーヒーの世界では、産地や生産者を明示することが当たり前になっている。それは消費者に透明性を提供するだけでなく、作り手が誇りを持って仕事を続けられる環境に繋がっている。Mt. FUJI MATCHAは、抹茶の世界にこの考え方を持ち込んだ。抹茶の可能性を広げるため、伝統とは異なる路線での価値軸を模索する。シングルオリジンという選択は、その一つの答えでもある。
本物の抹茶を、世界へ
世界的な抹茶ブームの中で、ある問題が起きている。粉茶が抹茶として販売されているケースがあるのだ。
抹茶は、碾茶という特別な茶葉を石臼等で挽いたもの。覆下栽培で育て、蒸気で加熱し、揉まずに乾燥させた茶葉を、丁寧に粉末にする。一方、粉茶は煎茶の製造過程で生じる粉で、製法も品質も全く異なる。Mt. FUJI MATCHAは、本物の抹茶を世界に伝えることを使命としている。シングルオリジンという透明性の高い手法で、正しい知識と価値を発信する。
すでにアメリカ、フランス、スウェーデンをはじめ、約10カ国への輸出を予定している。富士山という世界的に認知されたアイコンの価値を活用しながら、日本の抹茶文化を正しく伝えていく。海外のバイヤーからの評価も高く、富士山の麓で育つ抹茶は、着実に世界へ広がっている。
抹茶と富士山を起点とした、新しい体験の創造
Mt. FUJI MATCHAは、味わいだけで終わらない。抹茶を起点として、多層的な体験価値を創造している。
2025年2月23日、「富士山の日」に開催されたイベントは象徴的だった。葛飾北斎の浮世絵「黒富士」からインスピレーションを得て、老舗和菓子店「田子の月」が新商品を開発。そこに、現代アーティストNAGON氏がライブパフォーマンスを披露した。日本の伝統的モチーフと現代アートが融合し、富士山と抹茶が織りなす新しい表現が生まれた瞬間だった。このイベントで披露されたNAGON氏のアートは、後に富士山抹茶缶のデザインとなり、国内外で大きな反響を呼んだ。
味わうだけでなく、見て感じる。抹茶が、アート体験にもなる。そして2025年9月15日、富士山抹茶カフェ「Matcha EmiNence(マッチャ・エミネンス)」がオープンした。場所は、田子の月の鷹岡店。あのイベントが行われた、プロジェクトの原点とも言える空間だ。
このカフェは、単なる飲食店ではない。富士山抹茶を実際に体験できる場所であり、富士市の自然・人・文化とつながる入口だ。世界や都市部でMt. FUJI MATCHAを知った人が、「富士を訪れたい」と思える場所を作る。産地から、体験地へ。抹茶という製品を超えた価値を、この地から発信している。

富士市の茶産業に、新しい未来を
このプロジェクトの背景には、故郷への想いがある。
株式会社EN.の創業者、大坂氏は富士市出身だ。共同創業者の稲生氏とともに、故郷の振興を模索する中で、彼らが向き合うことになったのが茶産業の課題だった。茶葉の買い叩き、後継者不足、需要の減少。日本の茶産業が抱える構造的な課題が、富士市にも存在していた。そんなときに出会ったのが、富士市で育てた抹茶を世界に発信したいと挑戦していた茶農家、Msカンパニーだった。この出会いが、富士山抹茶のプロジェクトを動かすきっかけとなった。
静岡県は日本一の茶処として知られている。しかし、その生産の中心は煎茶だ。富士山周辺地域では、抹茶の原料である碾茶の生産はほとんど行われてこなかった。2017年以降、富士地域でも碾茶製造が始まり、新しい産業が芽生えつつある。その流れの中で、Mt. FUJI MATCHAは世界に通用するブランドへと成長している。
富士山抹茶プロジェクトが目指すのは、「若者が茶畑を継ぎたいと思える未来を作る」ことだ。生産者が正当に評価される仕組みを作り、世界に通用する価値を持つ産業へ、やがて若者が誇りを持って働ける仕事として選ばれるようになる、そんな青写真を描いている。
富士市を「お茶のまち」として再定義することで、観光地としての一時的な消費ではなく、誇りと循環を生む持続可能なシステムを作り出す。シングルオリジンというこだわりが、生産者に正当な評価をもたらし、新しい体験が人を惹きつけ、その結果として地域に価値が還元される好循環に繋がっていく。
これは、富士市の茶産業だけの話ではない。日本の一次産業全体が抱える課題への、一つの答えとなる可能性を持った取り組みでもある。
土地の個性が、新しい価値を生む
Mt. FUJI MATCHAは製品として唯一無二の抹茶ブランドであると同時に、地域の価値を再定義し魅力を世界に届ける起爆剤でもある。
抹茶を起点として生まれる、アート、和菓子、カフェという多様な場やコンテンツ。富士山という土地を訪れ、その文化と自然に触れる体験。それらを通して地域の茶産業が活性化し、若者が誇りを持って継ぎたいと思えるようになり、産業としての持続可能性が生まれ文化・伝統が受け継がれていく。富士山という土地の個性が、世界へ広がる新しい抹茶文化の可能性を生み出している。
この挑戦はまだ始まったばかりだ。富士山の麓から始まった抹茶の新たな価値創造の旅は、これからも続いていく。

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